化粧品を少し変えただけでも、女性の印象ってずいぶん変わりますよね。
よく「化粧で化ける」と言いますが、なかなか本質を突いているかもしれません。
例えば、エスティローダーの色1つを取ってみても、あらゆる色があるので、その中から自分に似合う色を見つけ出すのは大変なことでしょう。
ファッションやヘアスタイルと同じようにメイク方法も変化しているのです。
厚化粧が流行した一昔前とは、ガラリとかわり現在では素肌を大切にしたナチュラルメイクが流行っています。
エスティローダーの色もまたメイク方法と一緒にどんどん変化するのです。
非常に多くのメーカーがある化粧品業界では、常に流行を作り出す商戦が続いています。
「エスティローダーはこれ」と思わせるような商品を創り出すことを使命としています。
「使ってみたい」と思わせるエスティローダーの為に色・広告宣伝・販売方法・パッケージに至るまでをシーズンごとにプロジェクトで取り組んでいるのです。
エスティローダーは、1946年ニューヨークで誕生した化粧品・スキンケア用品・ヘアケア用品・香水の世界的な有名メーカーです。
社名にもなったエスティ・ローダーと伯父のジョーゼフ・ローダーによって創設されたのが始まりと言われています。皮膚科学の専門家である
ジョーゼフ・ローダーが自ら開発したクリームの営業・販売を、エスティに任せたのです。そしてエスティの的確なアドバイスと高品質が高く評価され
多くの顧客の信頼を得てエスティローダー・ブランドが誕生したのです。
まさに、地道な努力とそもそもエスティローダーの持つ、品質が今を担っていると言えるでしょう、クオリティの高さはいつまで経っても、ブランドを
守っていく力になるということが証明されたようなものでしょう。
エスティ・ローダーは「美しい女性とは、つねに自然で健康的でつややかな肌を持っていなければなりません。健康とは肉体的健康と精神的健康の両方をいいます」
と言っています。女性の美しさは外面だけでなく内面からもつくられることを説き続け、彼女が世に送り出した製品は数多くの女性に支持されてきました。
内面からとはよく言ったもので、いつの時代も同じようなことを誰もが言っていますが、本当の美しさは内面から滲み出ると言いますよね、恋をしている女性が
輝いて見えるというのは、このあたりから言われていることではないでしょうか。
エスティローダーは、アメリカで成長を続け1960年には、ロンドンのハロッズ百貨店に出店し世界に事業を展開し始めます。翌年にはさらにアジア圏に進出し
香港にも支部ができました。
1964年には男性化粧品も手がけます。現在傘下のブランドは18品目もあります。
エスティローダー社はピンクリボン運動という、社会貢献活動もしています。これは乳がん検診を呼びかけるキャンペーンです。
「女性の美しさを外からだけでなく、精神面でも支援したい」という気持ちを込めて、シニアヴァイスプレジデントのエヴリン ローダーが
1993年にアメリカで「乳がん研究基金」を設立し活動を始めました。胸もとにピンクのリボンをつけることにより、自己検診と定期検診の大切さをアピールし
女性たちにもっと乳がんに対する認識を促すことを目的とした活動です。全国の各ブランドカウンター及びあけぼの会協賛病院約400社で
乳がん月間である10月の1ヶ月間、ピンクリボンや自己検診カードを配布します。またピンクリボン運動のアピール活動の一つとして
2000年から「グローバル ランドマークイルミネーション」を開始しました。世界40ヶ国以上の都市のシンボル的な建物などを、同時期にピンクに
ライトアップするというイベントです。「乳がんの正しい知識と早期発見の大切さを世界中の女性たちに広くアピールする」願いをこめて行われます。
日本では東京タワーのライトアップが毎年話題を呼んでいます。
またキャンペーン期間中、ピンクリボン限定製品を発売し、収益の一部を「あけぼの会」へ寄付しています。あけぼの会は、乳がんを克服した
アメリカの女性たちの呼びかけで始まった「乳がん早期発見啓発キャンペーン」に賛同して1994年よりキャンペーンを推進してきました。同会は
ご自身も乳がんを経験したワット隆子さんが設立した、乳がん患者への支援活動を続けるグループです。その実績はすでに世界的にも高く評価されています。
エスティローダー・グループは、日本の「あけぼの会」の活動を積極的に支援しています。
以上の活動内容からも、エスティローダーは名実共に、メジャーであり続ける有名ブランドであると言えます。
人の心に残るもの・・・これが真のブランドであり、また、エスティローダーもその1社であることはもはや言うまでもありませんね。